特集 植物/対談「衣植住のはなし」前編
2024/7/23
盛岡に根を下ろし、植物という、意のままにならない素材を用いて創作活動を続ける二人、龍大(りゅうた)さんと森(もり)さん。
廃れてしまった技能を試行錯誤でたぐり寄せながら日々を積み重ねる彼らに、創作のこと、そして街のことについてお聞きしました。
佐々木龍大さん/ささきりゅうた/藍染め(写真右)
山田町出身。日本の伝統の藍染「正藍染」を実践する染師。音楽家としても活動を続けており、近年は「井戸の月」として演奏会を行なっている。古い町並みが残る鉈屋町エリアにアトリエ兼ギャラリーを運営。
山代森さん/やましろもり/シナ布(写真左)
宮古市(旧川井村)出身。地域おこし協力隊として大ケ生に赴任、暮らしの支援等を行なっている。シナノキの皮を加工して作る織物・シナ布を制作。それを用いた製品を販売するのを目標に活動中。
[ 前編 ]
夢のコラボレーション!?
(山代さんがシナノキの皮の繊維で編んだ布「シナ布」を見ながら)
佐々木龍大(以下:龍大) これは糸を撚(よ)っているんですよね?
山代森(以下:森) そうですね。糸車ではなくて、毛糸を紡ぐ機械を使って撚っています。それ以外は基本手でやるので、そんなに機械が入るところがないんです。
龍大 色がいいですね。
森 シナノキっていう木の皮なんですけど、同じ木の中でも若干色味が変わったりするのでこんな風に。
龍大 織り上がった暁には、あの、お金があったら買いたい(笑)
森 僕も龍大さんに染めていただけるような布を織りたいなと思いながら…。
龍大 めっちゃ相性いいんで。シナ布に染めると、元の風合いの上に重なるので、独特の緑っぽさが出る。布に力があるから、濃く染めないで生地を生かすようにするとかっこよくて。え…、それ夢っすね。
森 僕も夢です(笑)
龍大 それ絶対実現させたい。帯作りたい。
森 ああ~!
龍大 シナが専門ですか?
森 もう僕はこれぐらいしかちゃんと織ったことがないんですけど、基本使う素材はシナです。織りを始めるきっかけがシナ布との出会いだったので。
龍大 いや~~~。欲しい。
森 そう言っていただけてうれしいです。
楽しめないとやっていけない
龍大 高いんですよ。何十万ですね。一反まで行かない、帯を作るくらいでもやっぱり二桁は出さないと買えないですね。
編集部(以下:盛星)他にはどんなものに使われるんですか?
森 それこそ今は高級な着物の帯だったりもします。明治くらいまでは荒物屋で布として量り売りもされていたみたいです。今は山形と、僕がたまに行っている新潟の山の中の集落でわずかにまだ織られているくらいです。
盛星 どうやってシナ布を知ったんですか?
森 生まれが旧川井村なんですけど、そこで暮らしているお爺さんに、シナっていう木の皮をいろんな物に使ったっていう話を聞いていたんです。蓑(みの)っていう雨具や、カバンや松明とか。ロープにすると荷物を背負う時にも、馬とか牛を引っ張る時にも使えるし、本当に色々な用途で樹皮を使っていたと。
龍大 各地域で身の回りにあるものを工夫して、独特のものを作っていたんですよね。
森 はい。今はもう廃れてしまっていて。ただ、大学時代に住んでいた山形では、布に織っている地域があるっていうのを知って、見に行ったのが出会いです。そこでも布を織れるのはほんの数名なのですが。
盛星 今は地域おこし協力隊として盛岡の大ケ生にいるんですね
森 築100年くらいの南部曲がり屋に住んでくださいっていうのが条件だったので、それだけで「いいな」と思って。あまり考えず、軽い気持ちで来てしまいました。
盛星 地域で教えてくれる人はいらっしゃるんですか?
森 いないんです。おとといかな? 草刈りをしに行った先のお婆さんに聞いたら、お嫁に来たときにその家のお婆さんがギリギリやっていたとか、そんなレベルで。
盛星 お婆さんの、そのまたお婆さんの時代。
龍大 うちも裏にお爺さんが住んでて、彼のお婆さんが麻を採ってきてシャツを作ってくれたと聞きました。やっぱりそこまで遡んないといけない。
森 ある一定のラインがあって、経済成長とかそういうところで、それまでの暮らしから変わったのかなと感じますね。
盛星 じゃぁお二人は独学で制作を?
森 古い布を博物館で見たり、布を織っている集落に行って手伝わせてもらったりしています。でもあとは、自分でやるのみかなと。やらないとわからないところが多いので。
龍大 僕もおなじですね。同じ頃に本当の藍ってなくなって、化学染料が入ってきました。そこからもう100年経ってる。目指しているのは明治初期以前のやり方なんで、そうすると文献を見たり、各地で話を聞くしかない。でも最終的には自分で向き合って、昔の人の気持ちになろうみたいなところになっていくんです。
森 やっぱり龍大さんもトライアンドエラーの繰り返しですか?
龍大 もう、本当にそれです。些細なことのために失敗を重ねて、あ、なるほど!っていうのを見つけて、次それを試してみよう、とかで3年が過ぎたり。そういうのがめちゃめちゃ楽しいんですよ。
森 楽しめないとやっていけないですもんね。
龍大 そういうのが昔の人との対話になっているのかな。もう、それしかあてがないんですよね。
森 それで去年、大失敗しました。あることを試したら繊維が腐敗してしまって、ドラム缶ひとつ分をダメにして、うわーもったいないことした!って(笑)
龍大 いや、俺も最近、絹をナラのアクで煮て要らないタンパク質を除去するんですけど、その加減が…
森 やりすぎてしまった?
龍大 そう(笑) そこの具合はいつもめっちゃめちゃ失敗してる。でもそれで、次はこれくらいにしようって。
森 そこから学ぶしかないですよね。
龍大 もう、なかったことにしてすぐ次に。
森 いちいちそこで落ち込んでたら…(笑)
龍大 そんな落ち込んでないんですよね。
創作は縁がつなぐ
盛星 森さんは協力隊としては9月までなんですよね? その後って何か決まっているんですか?
森 いや、何も決まっていないんです。いきなりシナ布で食べていくというのは難しいけど、織物をメインにやっていけたらいいなと。
龍大 ご縁があるんじゃないですか?
盛星 そういうものですか?
龍大 もはや、運しかないです。暮らしがどうなるかな、とか考えていたらやれないことじゃないですか。お金のこととかじゃなくって、心からそういうものをやりたいなと思ってやってるとご縁が来る。僕も引っ越ししなきゃいけないんですよ、ここが9月までなので。
森 次のところは?
龍大 決まった。それもご縁。ご近所の、それも100何年経ってる、三代くらい続く鍛冶屋さん。
盛星 あー、鉈屋町の通り沿いの。
龍大 そう、そこです。ガラガラっと開けたら土間だしいいなって。でも、鍛冶屋は火を焚くから、真冬でも上の方が空いてんの。
森 それで盛岡の寒さは…(笑)
龍大 まいっか~、見た目かっこいいし、と何も考えずに。面白いな~と思って。やっちゃえ!と。
一同 笑
龍大 だから、今ある藍を、使い切れはしないんですけどなるべく使って。移動できないので。それが残念なんですけど。土に返そうかなみたいな。
盛星 移動ができないんですね?
龍大 そうそう。染液はとっても繊細な微生物のコミューンなので。動かすというのは、そのコミューンに大きい地震が起こすようなもので、元に戻んないんですよ。
一同 へぇ~。
ままならないものを相手にすること
盛星 植物や自然という、ままならないものと付き合うのってどういう感覚なんですか。
森 そういうものって、思い通りにならないとも取れるんですけど、最後は自分がわかってなかっただけなんだというところに落ち着くんです。僕が知っているお婆ちゃんは、小学生の頃から糸を作っているから、今では繊維を触っただけでどこの山の木かわかるって言うんです。これが本当らしくて。
龍大 周波数が合っていく感じなんですよね。自然のものが相手だと、仕事の中にそういう能力を使わないとできない部分はどうしてもある。
森 はい。もしかしたら藍染や織りが普通に暮らしの中にあった時代は、割とそういう感覚って特別なことでなかったのかなって。昔話でもよく、動物や木と話したりしますが、それが全く作り話ではない感じがしてくるというか。
龍大 昔の化石人類たちって、音の振動、波を使って岩を浮かせたみたいな話があるじゃないですか。これは行き過ぎですけど、本当かもしれないなって。
森 人が手を使って作り出したものは、海の波に近いと聞きました。悪い意味じゃなくて、ムラがあるのが心地いいんだろうなと。こういう布も、無骨なんですけど、触ってるといいなって思えてくる。これって結局、人の手と自然が関わることでしか生み出せない気がします。
龍大 型染めも複製できるものじゃないですか。今だともうポチッとボタンを押せばできたりもするんですけど、それって命がないんですよ。ちょっとした色むらだったり、ズレだったり、狙ってないけど出ちゃったみたいな感じの、ギリギリのところを僕も狙ってますね。そうすると全部手でやるしかないんです。
森 わかります。
龍大 葛飾北斎とかは全部手彫りで手刷りでしょう? それで何十版、何百色をずれずにやる。藍染もそうなんですよね。江戸末期、明治初期あたりが技術の大ピークで、その後ぱたんと無くなるんです。それは神の技としてあこがれてはいるけど、基本的にはちょっとずれたりするところに魅力を感じていて。藍も発酵で毎日確実に色が違うから、こっちがそれに合わせてます。
森 温度や湿度を管理してもコントロールできない?
龍大 まったくできないんです。だから人間みたいに付き合ってみる。健康かどうかとか、天気がいいと藍も気分がいいんじゃないかとか。そうすると、健康な時は青が鮮やかだなみたいに、少しずつ分かってきます。だから、自分が仕事したいからって不健康な人(藍)にはさせない。平気で仕事をストップしますし、それでいいんだって思うようになりました。昔から「染め屋の明後日」っていう言葉があって。昔の江戸時代の染め屋は、いつできますか?って聞かれたら、とりあえず明後日って言うんだって。
森 染め屋自身もよくわからないから?
龍大 うん、お客さんもそういうもんだって受け止めてるんでしょうね。のんびりしてるような、とっても豊かなコミュニケーションを感じます。僕も半年くらいかかりますね、とか2年くらいかかりますね、とか言うし。
森 2年!
続きます。
>> 後編 暮らしの場・鉈屋町
Photo: Yuki Chinen Edit: Yutaka Yaegashi
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