特集 ことば/誌上読書会「盛岡ノートを読む」前編
2024/2/25
昨年増刷が決まり、再び書店に並び始めた「盛岡ノート」。1938年、詩人で建築家の立原道造が盛岡で過ごした1ヶ月を綴った手記を元にした一冊です。
詩人ならではの言葉で盛岡の美しさや人々との交流、自らの心模様を恋人に向けて語りかけたこの本をテーマに、作者と同じく遠い土地から盛岡に縁を作った二人に、本や街のことにいてお聞ききしました。
「盛岡ノート」立原道造
販売場所:盛岡市内書店(東山堂・さわや書店・ジュンク堂書店)、もりおか町家物語館、野の花美術館 等
お問合せ先:いわてアートサポートセンター風のスタジオ 019-604-9020
https://iwate-arts.jp/archives/5530
佐藤しおんさん(写真右)/新聞記者 盛岡市在住
神奈川県葉山町出身で、就職を機に盛岡へ移住。岩手日報社報道部の記者として、主に盛岡市および周辺を担当。この街で暮らし始めてもうすぐ1年を迎える。
加藤大雅さん(写真左)/編集者 秋田県在住
愛知県出身で秋田県の小さな集落・根子に暮らす。編集者として企業のブランディングや商品開発、建築や街づくりの構想などに関わる一方、独自に本屋や読書会の活動も行う。盛岡にも頻繁に訪れる、関係人口の一人。
Scene01
「盛岡ノート」を知っていましたか?
大雅 (半透明のカバーに触れて)いいですよね、グラシン紙。
しおん いいですよね、特別感があって。
大雅 グラシン紙、古本とかにかかってると嬉しいです。
編集部 知ってましたこの本?
しおん なんか、あるなっていうのは聞いていて、でも手に取ったことはなかったんですよ。
大雅 僕もそうですね、どんな本なんだろうみたいな感じでした。
編集部 読んでみてどうでした?
しおん 結構ふわふわした文章ですよね、句読点もなかったりして。
大雅 うん、そうですね。
しおん 最初入って行きづらかったんですけど、読めば読むほど沈み込んでいくというか、次第に魅了される感覚がありました。
大雅 これは何なんだろうみたいな。今風に言うとエッセイでもありそうだけど、手紙でもあるし、なんか日記っぽかったりもする。
しおん 一つ一つの場面がとても綺麗で、風景を描くのにいろんな色を使っています。あと結構簡単な言葉だけど、組み合わせで丁寧に伝えようとしているのを感じました。
大雅 僕は外から見た盛岡しかわからないですけど、街の空気みたいなのをすごく捉えている気がします。街を歩いてる時の風景とか、岩手山が見える感じとか、今の盛岡とは違うと思うんですけど、盛岡って今でもこういう要素があるんだろうっていうのは文章から香ってきましたね。
しおん たしかにそう思います。
大雅 あと、こういう旅がしたいなと思いました。1ヶ月盛岡にいるとか(笑)
一同 笑
歩みを遅めさせる作用がある街
大雅 さっき盛岡に着いて、車で通りを走って思ったんですけど、ほどよくギュッとしているので、自分の中のスピードというかペースが少し遅くなる感覚があって、同じことを文章からも感じました。
編集部 それは考えたことがなかったです。
大雅 立ち止まったり歩みを遅めさせる作用みたいなものが、盛岡にはあるのかもしれないですね。一個一個の建物を見たり、遠くに岩手山や姫神山が見えたりして、歩いていて気づくことが散りばめられてる街だなって。
編集部 秋田とは違いますか?
大雅 秋田市は街の作りが大きいけど、盛岡は細い道でスピードが遅くなったりして、スッと通してくれない。住んでいて車通勤だとイライラするかもしれないんですけど(笑)
一同 笑
編集部 しおんさんはどうですか?
しおん 「生きることの難しさ」っていう表現が出てきますが、普通の風景だったり人の暮らしの様子を見てるだけで、生きることについてふと考えたりすることが、この街にいるとあるのかなと思っていて。
大雅 へえ。
しおん そこは割としっくりきたというか、心に残りました。
大雅 それは地元では感じなかったものなんですか?
しおん 知ってる人がいない街に越してきて、風景とか、人の流れを見ることで、客観的に「生きる」ことみたいなことを考えたりするっていう時間が増えたなと思います。
大雅 なるほど、面白い。
大雅 22ページの「北の国で 僕はもっと孤独にと かんがえた」の所や、「孤独になるまえに 僕にそそいでいるこんな好意にめぐりあった」の所、北国ってやっぱり寒くて暗くて一人みたいな感じに、もしかしたらなるのかなって思ったりするんですけど、意外と人が温かくて。
しおん うんうん。
大雅 人は本当に温かくて、盛岡でも秋田でも人に囲まれてる感じはあります。本の中の「いつも対話——そこにだけ やはり 僕は 自分の生を おかなくては ならないだろう」っていうところがすごいなと思って読んだのですが、人との関わり合いの中で、自分の生を置くっていう表現が何かしっくりくるというか。
しおん 私も一人で越してきたので、孤独なのかなって身構えた部分はありました。でも周りの人が気にかけてくれてるのがすごくわかるので、意外と孤独じゃないなっていうのは感じられる街ですね。
編集部 誰も知り合いはいなかった?
しおん はい、全くゼロで乗り込んできました。
編集部 乗り込んで(笑)
しおん はい、乗り込んできました(笑) でも初めて行くディープそうな飲食店とかも、勇気を出して踏み込めば、みんな意外とウェルカムなんだなっていうのがすぐわかるので。
大雅 たしかにそうですね。
しおん 自分が少し踏み出せば、人間関係も結構深まれる街だなと思います。
川ってなんかちょっと寂しい?
しおん あと、こっちに来て感じたのは、人の手が掛かってる街だなっていうことです。
大雅 たとえば?
しおん 春に来た時に、街に花が綺麗に咲いていたんです。特に開運橋の下の遊歩道は、必ず花が咲いていて、枯れたらちゃんと違う花に替わってたりして、街の人が手を入れてやってるなっていうのを感じたり。
大雅 街なかですか?
しおん 駅前の橋ですね。大通にも花のバスケットが掛けてあって、枯れないように誰かが保ってるんですよね。あと11月ぐらいになると、今度は雪で折れないように植木の枝を束ねるじゃないですか。
大雅 冬囲いかな。折れないようにね。
しおん あの様子もかわいいなと思って。人が手を掛けて守ってあげようという所が愛らしく感じます。
編集部 嬉しい。どれも自分がやったわけじゃないけど。笑
大雅 盛岡に来ていつもいいなと思うのは中津川です。本にも「おりて行ってみよう」って書かれてますね。京都の鴨川とかと共通するところだと思うんですけど、ストリートレベルから一段降りて自分の高さが変わると、やっぱり街の見え方ってすごく変わるので。あとなんか中津川がすごい降りたくなる感じの、うん、ウェルカムな雰囲気を出してる気がします。
しおん 私は海が近かったので、やっぱり海と川って違うなと思うんです。海ってこう、打ち寄せてくるじゃないですか。
大雅 そうですね。
しおん だけど似てるようでいて、川って流れていっちゃうので。
大雅 ああー!
しおん なんかちょっと寂しい感じがするんですよ。
編集部 寂しい…
しおん 気に留めてくれてないっていうか。水と山があるから何とかなるだろうって思って来たは来たんですけど、やっぱり海が恋しいなって思ったりします。
編集部 なんかいいですね、川が寂しいって。
しおん 「なぜ僕はここでひとりなんだろう」みたいなところが何回か繰り返されていますけど、私もその感覚はわかります。立原さんも素敵なものを見たり体験をしたときに言ってると思うんですけど、いい景色とか、何か美味しいものを食べた時に、共有したい人が近くにいないと、あれ、なんで私一人でいるんだろうって(笑)
大雅 なるほどー。
しおん なんかすごいわかるなと思って。
編集部 こんなに美味しいのに、って?
しおん そうなんですよ。こんなに綺麗なのにって。立原さんも「言葉では伝えきれない」って書いてますが、確かにそうだなと思います。一緒に見てくれればいいのにと思うけどそれができないし、その景色も一瞬のものでしかないから。でもそれを頑張って恋人に向けて文字にしているのがすごい素敵だなと思いました。
大雅 たしかに。
連れてってくれる人がいたら入りたいお店がある街はいい街
しおん 盛岡は食が豊かだなって思うんです。私、喫茶店が好きなんですよ。「カプチーノ詩季」とか「車門」とか、ああいう所に行くと、高校時代の友人たちに教えてあげたいなって思ったりしますね。
大雅 喫茶店は本当豊かだなって思います。喫茶店はすごい好きなので、気分に合わせてこれだけ選べるのはすごく羨ましい。
編集部 そうなんだ。
大雅 いろんなタイプの店があるっていうのがいいなって思います。一歩目が入りづらいお店は結構ある印象ですね。今日やってるのかな?みたいな所とか、常連さんしか入りづらそうなお店とか。
しおん ありますね!
大雅 一見では入りづらいけど、連れてってくれる人がいたら入りたいなっていうお店がある街はいいなって思いますね。
編集部 えー、面白い! そこはちょっと町の深みのとこかもしれないですね。
大雅 インターネットでアクセスできる情報って、いいんですけど深みがなくて。
しおん はい、はい。
大雅 ふとした瞬間に、常に開いてるわけじゃない扉が開いて、入ったらすごい面白いことがあった、みたいなことが起きるのは面白い街だなと思う。東京なんかだとありすぎてわからないみたいな部分もあるんですけど(笑)
編集部 ドアいっぱいみたいな(笑)
大雅 なんかそれが、盛岡はちょうどいい感じなのかもなと思ったりします。
編集部 その空いてないところが空いてる嬉しさってすごいわかる。
しおん 確かにいろんな観点で選べますよね。空間とか食べ物とか誰と行くかとか、何したいかとか
続きます。
取材協力: 紺屋町番屋 https://konyachobanya.com/
Photo: Mari Sugawara Edit: Yutaka Yaegashi
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