盛岡という星で ThePlanet MORIOKA BASE STATION

盛岡を小さく丸いひとつの星に例えます。今までとは違う角度から盛岡を写し取り、見つめようとするものです。 盛岡を小さく丸いひとつの星に例えます。今までとは違う角度から盛岡を写し取り、見つめようとするものです。

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特集 郊外へ/徒歩ルポ「市境をゆく」

2025/12/11


 

《はじめに/盛岡の端っこを歩いてみる》

Googleマップに「盛岡市」と打ち込むと、点線に囲まれて「群馬県に似ている」とも言われる街の形が浮き上がる。その境はほとんどが山や田畑の中で、人の暮らしを横切る境界線はあまりない。

そんな中、厨川駅そばのみたけ地区から西青山までの区間は、住宅街の中を滝沢市との境界線が走るちょっと珍しい場所だ。

そこで、市境に沿って歩いてみることにした。右に滝沢市、左に盛岡市を見ながら。そこに何があるかもわからないまま。


 

人に会ったら喋ること

歩く前にふたつルールを決めた。

1「どこかで昼ごはんを食べる」
アテはないけれど、途中で飲食店を見つけてご飯を食べる。商店でパンを買うでもいい。

2「人に会ったら必ず喋る」
ヘタすると住宅街をただ散歩して終わる可能性もある。せめて人にあったら話すこと。

ということでさっそく歩き始める。時刻は昼の12時45分。通るのはほぼ住宅地で、初めて通る道ばかり。ナビはスマホのGoogleマップに任せた。

 

人がいない(12:46)

スタート地点にラーメン屋さんがあった。時刻はお昼過ぎ。ペコペコがMAXだとするとペコくらいには空腹だ。辛さが自慢らしい爆弾ラーメンという名物メニューが手招きしている。だけど、歩く企画で初手からご飯てことはないだろう。風に揺れる暖簾に未練を残しながら歩みを進める。

見えている景色の左半分が盛岡市、右半分がお隣の滝沢市。そう思うとなんだか不思議だ。街並みに差はないので、ゴミ集積所があるたびに確かめる。たしかに道を境にきれいに両市に分かれている。これってつまり、真向かいに集積所があっても出せないのか? 聞いてみたいけれど全く人と会わない。これが平日昼の郊外ってことか。とりあえず今のところ無言。

 

さっそく迷子(13:02)

市と市の境というものは、それなりに大きい道なんだろうと思っていた。ところがここでは細い路地を通っている。なんでこの道だったのか。隣の路地と何が違うのか。ここら辺はお向かい同士で水道代も違うのか。そんなことを考えながら歩く。

道が細いだけじゃない。この辺は境界自体が入り組んでいて、マップによると道のない家と家の間を通ってUターンしたりする。なんでそんなことが起きるのか。目に見えない市境に翻弄されて行ったり来たり、すっかり迷子になって心が折れかけた時、一度通り過ぎた二軒目のラーメン屋さんが再び目に入った。

 

ミッションクリア(13:16)

謎の市境迷路にはまって20分。まだ1割も歩けていない。「まずい」という焦りを、「もう無理だ」の気持ちが上回る。落ち着け。こんな時は飯だ。というわけで「弥太郎」へIN。券売機ではないけれど「初めてのラーメン店はメニューの左上」のセオリーを頼りに、中華そばをオーダー。う、うまそう~。

メンマのボリュームや器の佇まい、立ち上る香りでわかる。これは美味しいやつ。昼時はとうに過ぎたのに、表の人の居なさが嘘みたいに店は混んでいた。昔ながらの中華そばとは一線を画す、こっくりした味わいのスープに(主に心の)疲れが吹き飛ぶ。ミッション1、クリア。よしよし。

 

ここは盛岡ですか?(13:36)

「会ったら話す」のミッションも忘れてはいけない。お会計のついでに話を切り出す。「実は盛岡と滝沢の境を歩いていまして」。愛想よく応じて下さるが店員さんは忙しい。「あの、ここは盛岡ですか?」。本当はゴミ捨て場や水道料金のことを聞きたいのに、タイムスリップした人が時代を確かめるみたいな、間抜けな感じになってしまった。間違いなくここは、盛岡市みたけだった。

入り組んだ市境は適当にやり過ごして、先を急ぐ。すると細い川が両市を分ける区間に出た。これはわかりやすい。ちょうど川向こうのお店の前に人がいるので聞いてみた。「ここは滝沢ですか?」「いえ、盛岡ですよ」。市境は目に見えない。ここが何市かなんて、簡単にはわからないのだ。

 

名も無き川を追えて(13:54)

お店は「MONKEY’S」という名前で、質の良いデニムや雑貨を扱いつつ、タイヤショップを併設していた。「あそこの商店は滝沢市なんです」などとリアル市境民から周辺情報を仕入れる。アメリカっぽさがぷんぷん漂う素敵な店内で楽しくおしゃべりをして、また歩き始める。

しばらくは川が境界なのはわかった。けれどそれは跨げば越えられそうな支流で、地図には名前もない。河原も道もないので、結局川が見えない近くの路地を南下する。やっぱり景色は住宅地。そんな中、橋を見つけたので渡ってみることにした。

 

ベストオブ境界線(14:15)

「うしばし」という愛称のついた小さな橋は、境界の小川が見晴らせる数少ない場所だった。ささやかな土手があり、立派な木が生えて、桜が咲くならここで花見をしたいような景色だった。近所の女性に川の名前を尋ねたが、わからないと笑っていた。本当に名前がないのかもしれない。

その後も左に盛岡、右に滝沢を見ながらてくてく進む。「電柱の町名表示」や「公園の看板」、誰かの家の「滝沢市社会協議会々員」と書かれたプレートなど、小さな手がかりを元に市境を特定する。たびたび見失って迷子になりながら、市境は大きな道にぶつかり、またまた面白い景色が現れた。

 

両サイドに滝沢市(15:02)

ここは写真の正面の建物が盛岡市、その両側はすべて滝沢市という珍スポット。滝沢の陣地にぬっと飛び出た細長い盛岡の突端だ。左側の道の向こうから歩いてきて、右の道から向こうに戻る。入り組んでいたり飛び出ていたり、歩いてみるとわかるけれど、市の境って本当に不思議だ。

 

市境は再び住宅エリア迷路に舞い戻る。道のりの3割くらいは迷子だった。人に会うたびに境目を確かめる。両側に盛岡と滝沢を示す表示を見つけるととても嬉しい。道は相変わらず、なんでもない住宅地を走る。

 

右に盛岡?(15:43)

かれこれ3時間以上歩きづめだった。これを抜けると大きな県道に出るはずの、最後の路地にようやく辿り着く。近くを通りかかった初老の男性に、本当にこの道が境目かを確かめると「ここで間違いない」という。「すごい細いですね」と言うと「でもここだ」と笑っていた。

安心してずんずん進む。左に盛岡、右に滝沢。この景色とももうすぐお別れかあ、などと考えていたら、盛岡市立月が丘小学校は右という看板が見えた。「盛岡が右」は迷子のサイン。またUターンかとマップを開くと、なんとこの学校は滝沢市にあることがわかった。


 


 

盛岡市立が滝沢に?(15:45)

ちょうど信号を渡ってきた児童たちに声をかけて、学校の住所を尋ねる。「わかりませーん」「なんか滝沢市みたいなんだけど」「そうかも~」子供達もあやふやだった。「滝沢の子も通ってるの?」「わかりませーん」。いろいろわからなかった。

あとで調べようとメモをして先に進む。するとお仕事中のお巡りさんの姿があった。人に会ったら話すがルール。「すみません、ここは盛岡ですか?」「この道からこっちは盛岡で、向こうは滝沢です」「月が丘小学校は滝沢市にあるんですね」「そうなんです」「どうしてかわかります?」「いえ、そこまでは…」


滝沢市にある盛岡市立月が丘小学校

月が丘小学校は滝沢市穴口にありますが、学区は盛岡市内、児童はみんな盛岡の子なんだそう。盛岡市立と名の付く学校で、盛岡以外にあるのは「月が丘小学校」と「北陵中学校」の二校。いずれも住所は滝沢市です。高校も「盛岡北高」がやはり滝沢にあったりしますね。


 

ついにゴール!(16:15)

東京ディズニーランドが千葉にあるみたいな、市境的に面白味のある学校の発見を最後に、4時間近い散策は終わった。ゴールは大きな県道に出てすぐの諸葛川。多少の凸凹はあるが、このあたりはこの川が市の境目になる。すっかり日も傾いて、へとへとだ。

平日昼の住宅地の洗礼を浴びて、あまり人とは話せなかったが、「ここは盛岡ですか? 市の境はどこですか?」と尋ねる謎の編集部員に、みなさん優しく答えてくれた。住宅地の市境は本当に入り組んでいて、いろんな経緯や事情、配慮なんかがあって決まったのかなと感じる

 


 

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