盛岡という星で ThePlanet MORIOKA BASE STATION

盛岡を小さく丸いひとつの星に例えます。今までとは違う角度から盛岡を写し取り、見つめようとするものです。 盛岡を小さく丸いひとつの星に例えます。今までとは違う角度から盛岡を写し取り、見つめようとするものです。

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FA店 fulalafu

2023/12/2

10年以上25年未満の代替わりしていない小規模店。F(古すぎず)A(新しくもない)通称「FA店(エフエーテン)」。老舗特集にも新店特集にも載らない、でもきっと誰かの目的地になっているFA店の、今までとこれからのお話。盛星編集部がじっくり伺っていきますよ。

 

鮫ノ口 厚志さん/fulalafu


 

お店を始める前はサラリーマンをしていたとお聞きしました。

盛岡は私にとっては縁もゆかりもない土地でした。生まれは青森県八戸市です、大学は秋田に4年間いて、就職してからも転勤族で。2年に一度くらいのペースで転勤があったので、息子は3つの幼稚園に入りました。子どもはどんな環境でも慣れるとはいえ、転校が多過ぎてかわいそうだなっていう思いもありました。八戸、水沢、盛岡、山形、十和田、八戸、仙台。東北6県、福島以外は行きましたね。

会社員の頃からお店を始める準備をしていたんでしょうか?

全然、全然。好きで飲んでたっていうだけ。コーヒーとの出会いは大学生のときで、秋田にお客様から頼まれてから焙煎をするっていうスタイルの店があったの。焙煎をしてる間にコーヒーを淹れてくれて、それを飲みながら焙煎を待つっていう。そうやって待っている時間が、まだ若かった私にとって至福のひとときだった。「こんな時間があるのか」と。それで漠然と、「こういう仕事を、いつかやれたらいいなあ。」って思ってはいました。

でも新卒でコーヒーの仕事っていう感じにはならなくて、金融関係の仕事に就きました。でも、ちょっとうまくいかないことがあると「ああいう店ををやりたかったな」って思い出す。まあ、逃げ道だよね。それで、そのとき住んでいた十和田市の商工会議所がやっていた創業塾に行って、いろいろ聞いてみたんです。でも、やってみたいと思った店のスタイルで試算したら、サラリーマンの給料と比べると少なく感じて「これは今は無理だ」って。やっぱり定年した後にのんびりやろうって思いました。息子がそのとき1歳、20年前ですね。

そのあと4年のあいだに八戸、仙台、八戸と転勤して2回目に盛岡に来たときに、勤めていた会社で拠点を東京に移す、という話が持ち上がりました。東京で暮らすって全くイメージがなくてね。基本、田舎での暮らしが好きだし、子育てもあるでしょ。結局、会社を辞めたのは、2010年の7月。

そしてお店を2011年の10月15日にオープン。準備の期間は13ヶ月。

まあ、「13ヶ月しか」と捉えるか「13ヶ月も」と捉えるか(笑)店をやるっていうことだけは決めていたんだけど、それに対しての準備は何もしてなかった。見切り発車もいいところだよ。辞めた後に、今度は盛岡の商工会議所の創業塾に入って、開業の準備をした。お店をやるって何から始めればいいかわからなかったし、行ってなかったら今の状況も違うかもしれないね。

 

会社勤めから自営業に。ご家族はどんな反応だったんですか?

妻にはそういう反対をされなかった、と思ってて「よく店を始めるとき、反対しなかったよね」って後から言ったら、「いやいや、反対したよ!」って(笑)反対されたっていうより、心配してくれていたって当時は受け取っていました。

 

焙煎の仕方は習ったりしていないということですよね。

オープンから何年かは「どこで修行をしてきたんですか」って、ほんとよく聞かれました。最近はもう聞かれなくなったけど。焙煎の技術は、今、店にある焙煎の機械を1つ自宅のガス台に置いて、それで練習をしていました。コーヒー豆は気になるものを全部買って。自分で飲んでみて、試してみて、これは美味しいと思える豆を選んでスタートしました。

よく、「コーヒーの店をやってみたい」って相談されることもありますね。どういうふうに始めたらいいのか?とか。インターネットで調べたり、本もたくさんあるから知識はそこでOKだし、あとはもう、自分でやってみるしかないんじゃないですかってお答えするんです、自分もそうだったから。修行っていう言葉が出るたびに「修行ってそんな大事なのかな」「コーヒー屋をやるためにコーヒー屋で修行をしなきゃいけないっていうことじゃないんじゃないかな」と思う。焼く技術とか、そういうのは自分で覚えるものという感覚があって。
働いてると先輩から理不尽なことを言われたり、そういう理不尽なことに対して、耐えたり、工夫したり、そういうこともきっと修行。会社で別の仕事をしている時間も含めてやりたいことの「修行」になっているはず。

コーヒーに限らずだけど、修行するとそのお店の仕事のやり方がその人の仕事のやり方になる。それが悪いとかじゃない、でも考えが1つに固まってしまうって可能性もあるんじゃないかな。
もしかしたら、その人にとっては違う形がベストだったかもしれないのに、もう覚えたから、これだって。

 

大切にしている言葉は?

「プラマイゼロになるようになってる」っていうのはどんなことでも言えるなと思ってる。人生でも、いい面もあれば悪い面もあるように。意外と人ってさ、できるだけ代償を払わずに、多くの事をしようとするじゃない。

それは違う、ってだんだん思うようになってきて。やっぱり何かを得ようとしたら、それなりの代償は払わなきゃいけないなって。お金や、時間、手間、勉強。それに対する正当な対価を支払いたい。リスクを取らずに、いろんなことを得ようっていう考え方は、あまり好きじゃないんです。

店をやりたいっていう人にもね、私でさえ出来たんだから、あなたにできないわけないですよって言いますね。fulalafuをはじめるとき、サラリーマンを辞めて、やったことのない仕事を始めるってどうなんだろう?子どももいるのに、と思ったんだけど。結局さ、自営業としてお店を構えている人は、世の中にいっぱいいるじゃない。いっぱいいて、みんなちゃんと暮らしているのに、私だけができないっていうことはないだろうって。今思うと無鉄砲な考えだけど(笑)でもそれと同時に、お店を始めて1年も経たないうちになくなってるお店もいっぱいあるでしょ。だから、私の店もそうならないとも限らないなって。スタートするときには両方の可能性を考えました。

万が一ね、続けられなくなったら、もうきっぱり諦めようと思ってた。子供が大学を卒業するまではどんな仕事でもするって決めていたから。そう、覚悟を決めたら意外と楽になって。

 

どのぐらいの時期までにこうなりたいというような、目標はあったんでしょうか?

私、目標がないんです、そう言えば。しいて言うと、去年の同じ月の売り上げが目標。それだけ。これからこの店をどうする、というビジョンが全然ない。あ、「楽しくやる」というのは目標かな。

前に妻に「なぜ一生懸命に仕事をしてるかって言ったら、楽しく遊ぶためだよ」って言ったら、え?!ってびっくりされたんだけど。それはサラリーマンの時からずっと変わらない。休みにはバイクに乗ってツーリングするのが趣味で。そう話すと、自分だけが良ければいい人なんだって思われちゃうかもしれないけど、結局自分が楽しく遊ぶには、家族や近しい人が大変な状況だったら楽しめないでしょ。私、心配性なんです(笑)。みんなが健康で笑ってるのが大前提で、私も「ツーリング楽しい!」が実現するわけですよね。まず周りの人が嬉しそうじゃないと。

お店も同じで。お客さんに喜んで欲しい。お客さんが嬉しい楽しいっていうのは、店主がさ、例えばお笑い芸人みたいな感じで喋ることが面白いとか嬉しい、じゃないですよね。うちはコーヒーを売るんだから、美味しいコーヒーがあることが大前提。

選んだものに責任をもちたい、失敗も成功も。そういう意味でも1人で店をやるのは性に合っているんです。だから、悩んでいる人をみると「やってみたら?」って言いたくなりますね。店を始めてからそういう思いが強くなった。会社に勤めてると、委ねていられる部分もあるからね。自分の人生を、ある程度。やっぱいいところもあれば、悪いところもあるんですよ。決断しなきゃいけない機会も、主体的にやらなきゃいけないことも会社勤めのときより断然多いですよね。でも、結局、自分で選んだ道だからさ、もう、そこはしょうがない。うん。疲れるけど(笑)

 


fulalafu2011年10月15日オープン/盛岡市鉈屋町15−8